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終戦時にソ連に騙された日本

太平洋戦争(第2次世界大戦)の終戦時において、ソビエト連邦共和国(ロシア)がとった行動や日本に対して行った行為を知るためには、終戦時の時間の経緯を勉強する必要があります。
韓国や中国が行っている反日教育もひどいが、ソ連が日本に対して行った裏切り行為は忘れてはいけません。
戦後の日本人が勉強して知っておかなければならない歴史です。

日本の終戦時に起きたこと

1940年9月27日:日独伊三国同盟締結。(日本・ドイツ・イタリアで結んだ同盟)
1941年:日ソ中立条約締結
相互不可侵および、一方が第三国の軍事行動の対象になった場合の他方の中立などを定めた全4条の条約本文。
および、満州国とモンゴル人民共和国それぞれの領土の保全と相互不可侵を謳った声明書から成る。有効期間5年であった。
1945年4月5日:ソ連は日ソ中立条約の破棄を通告。
1945年5月8日:ドイツが降伏文書に調印し、敗戦。
1945年7月26日:米英中の三カ国(のちにソ連も参加)がポツダム宣言を発し、
        日本軍の無条件降伏を要求した。
1945年8月6日:広島に原子爆弾投下
1945年8月8日:ソ連からの宣戦布告
1945年8月9日:長崎に原子爆弾投下
1945年8月9日:樺太においてソ連軍の攻撃開始
1945年8月14日:ポツダム宣言受諾の意思を通告した。
1945年8月15日:天皇陛下の玉音放送(ぎょくおんほうそう)
1945年8月18日:ソ連が千島列島に侵攻開始。21日に停戦。
1945年8月25日:ソ連が樺太全土を占領した。
1945年8月26日:ソ連が択捉島(えとろふとう)占領。
1945年8月30日:連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥が日本に到着。
1945年9月2日:アメリカ海軍の戦艦ミズーリ上で降伏文書の調印式が行われた。
1945年9月1~4日:ソ連が国後島・色丹島の占領を完了した。
 歯舞群島の占領は、降伏文書調印後の、3日から5日のことである


終戦は何時か?

日本や世界各国において、第二次世界大戦(太平洋戦争(大東亜戦争))が終結したとされる日については諸説あり、主なものは以下のとおりである。
1945年(昭和20年)8月14日:日本政府が、ポツダム宣言の受諾を連合国各国に通告した日
1945年(昭和20年)8月15日:玉音放送により、日本の降伏が国民に公表された日 1945年(昭和20年)9月2日:日本政府が、ポツダム宣言の履行等を定めた降伏文書(休戦協定)に調印した日。

8月15日の国(ポツダム宣言を承諾して玉音放送で告知した日)

日本では、一般的に終戦記念日は8月15日とされています。
韓国では、8月15日を「光復節」
北朝鮮では、8月15日を「祖国解放記念日」としています。

9月2日の国(降伏文書の調印式が行われた日)

アメリカ合衆国、イギリス、フランス、カナダ、ロシアでは、9月2日を対日勝戦記念日と呼んでいます。
ソ連の侵攻を正当化するために、9月2日に設定しているかどうかはわかりませんが・・。

9月3日の国

旧ソビエト連邦(現ロシア連邦)では、調印した翌日を対日戦勝記念日としていました。
中華人民共和国では、旧ソ連と同じく、9月3日を「軍人節」や「抗日戦争勝利の日」としている。

ソ連に裏切られた終戦の誤算

日本政府は、ソ連との日ソ中立条約を頼みに、ソ連を仲介した連合国との外交交渉に働きかけを強めて、絶対無条件降伏ではなく国体保護や国土保衛を条件とした有条件降伏に何とか持ち込もうとしていたが、ソ連に裏切られた形になってしまったのです。

そして何と日本が無条件降伏を受諾して、日本政府や日本軍が混乱している中で、両国の不可侵条約を破って宣戦布告をしてきたのです。
戦う士気も命令系統や救援もない弱った日本軍から、簡単に北方4島を占領して行ったのです。
どう考えても、広島に原爆を落とされた後で、日本に宣戦布告をしてくるソ連の目的。
日本の占領が目的としか言えない行動です。
そして今現在も、戦利品として北方4島を占領しているのです。
今の学校では教えていないのかな?

【ID:2190】
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